🔹アメリカ高校留学体験、ハルさん、オンライン報告会 🔹
イライザで英語を9年間学んでいるハルさん(高2生)は、昨年から約1年間のアメリカ留学を終えて6月に帰国しました。
8月上旬に「ハルさんの留学報告会」を夏休みオンラインスクールイベントとして実施しました。参加者は、当塾生さんと保護者様です。
ハルさんは、ここ日本ではあり得ない!実に様々な体験をして、その貴重な写真を見せてくれながら報告してくれました。
内容を抜粋して、今回と次回の2回に分けて、こちらにご紹介します。留学に憧れている方、予定されている方のご参考になれば幸いです。
以下、ハルさんのプレゼンより
▼ ホストマザーは米国空軍退役軍人、養子の弟は中国人で全盲自閉症、シングルマザー家族
アラバマ州モンテバロでホストファミリーと暮らし始めた。僕の将来の夢が「パイロットになること」と知って、ホストマザーのジョアンさんは僕を迎え入れてくれたと思う。母は熱心なクリスチャン、家族3人で毎週日曜日に教会に通い、ハロウィン、クリスマス、イースターなどの行事も楽しんだ。
教会では子どもたちと2泊3日のキャンプにも何度か参加して、地域の人々と親しくなり交流を深めた。
↑ アラバマ州モンテバロで高校留学生活! ホストファミーと共に
弟には視覚障害者用のボードゲームを日本からのお土産として持って行き、解説の日本語を英訳して何度も一緒にゲームをした。弟のつながりで、多くの障害者の家族と接する機会があって、交流も深めた。
▼ 家族の趣味は旅行、旅行! 僕は24州も旅をした!
ホストファミリーは旅行が好きで、毎月様々な州に旅行へ連れて行ったくれた。これまでに24州を旅して、特にニューヨーク、シアトル、フロリダなどが特に印象的で楽しい思い出になった。ほとんどが車での移動だったが、飛行機を使うこともあり、旅費などは全て母が出してくれた。
旅行の思い出として母から家族の写真を貼ったお手製の大きなマップを頂いた。とても素敵なプレゼントで、大切にしたい。
↑ ホストマザーからのお手製、旅の思い出マップ
旅の中でも一番大変であり楽しかったのは、モンテバロから母の親類が多く住むシアトルへの旅で、ラスベガス、グランドキャニオン、サンフランシスコを通って行った。距離にすると約1万キロもあり、母と母の友人とが交代で車を運転し続けて、片道3日間もかかった。
シアトルでは多くの親類と10日ほど楽しく過ごし、帰りもまた3日かけて車で戻った。1万キロとは、本当に大変な距離だった。
▼ 学校生活 全ての教科が英語で!部活動はサッカー部で活躍できた。
モンテバロハイスクールは300人ほどの小さな学校。
毎日8時間授業、当然、授業は全て英語なので、最初は分からなかった事が多くて大変だった。テストや提出物などで成績が良くないと単位が取れないから、初めての徹夜を2回もして、必死に勉強した。内容が難しくて、正直、とても辛かった。
↑ 学校で友人たちと
コンピューターサイエンスの授業もあった。特にアメリカ史が厳しかったが、数学は簡単にできた。積極的に分からないことなどを他の生徒に話しかけて聞いて、友人をたくさん作った。皆、親切に教えてくれて、日本についても興味を持ってくれた。
▼ 超難しいアメリカ史のテスト、先生にプレゼンの交渉をして成功!
アメリカ史のテストは自分には難しすぎた。得点が多い重要な科目だったので、非常に困り、初めて対策を考えた。
「日本とアメリカの関係」というプレゼンを授業中にするという話で交渉し、先生にテスト免除を頼んで許可をもらった。無試験で済んだが、プレゼンの準備が大変だった。そのプレゼンは、クラスの皆と先生が面白かったと評価してくれた。準備は、自分の勉強にもなった。
しかし、アメリカ史は授業自体が興味深く、一番楽しめた。担当がサッカー部の顧問だったこともあり、先生と親しくなっていたので良かったし、結果助かった。この経験でサバイバルの力がついた!
▼ サッカーチームに所属、エースストライカーとして活躍!
↑ 所属して活躍したサッカーチーム 下の左端、6番ユニフォームがハルさん
アメリカではフットボールが超人気だが、自分は体格的には向いていなかった。日本では中学からやっていたので、部活動はサッカー部に入った。エースストライカーとして活躍できて、とにかく楽しかった。チームでは友達がたくさんできた。
毎週金曜日の夜にアメフトの試合があり、友人たちと見に行った。ルールも分かってきて、楽しく観戦できた。
↓ 次回予告
◉ メキシコ国境近くのアラバマ州、訳ありの友人たちに心が痛んだ。
◉ 最高の思い出!無免許で飛行機を操縦、本当に空を飛んだ!